
瀬古由起子 |
【国会では…】
一期目は、厚生、内閣委員会、二期目は国土交通、法務委員会を中心に予算、決算委員会、憲法調査会でも質問。2001年通常国会では衆参あわせて発言回数は第一位にランク。2002年通常国会は国土交通委員会、厚生労働委員会を担当。
→ 参加していた超党派議員連盟等
【役員】日本共産党党中央委員
【家族】郵便局員の夫と一男一女
【座右の銘】明けない夜はない(シェークスピア)
【尊敬する人】 夫、宮本百合子
【趣味】 演劇・映画・音楽鑑賞/絵画/料理/着物を着る/硬式テニス・水泳など多彩 →趣味についてチョット詳しく
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「両親がこんなにも一生懸命にはたらいているのに貧乏なのはなぜ」と疑問をもつ少女時代。学校やボランティア活動を通して暮らしと政治の関係を知る。
高校野球部マネージャーへの挑戦。「女性差別」に泣いて・・・(→詳しく)
京都府立大学福祉学科入学した私は硬式テニス部とバイトの明け暮れ。そんな中で大阪の実家が倒産。大学は「70年安保」で揺れ「日本の将来について学生は何もしなくていいのか」と問い掛けられ日本共産党に入党しました。(→詳しく)
卒業後私は無償に「国民のための」勉強がしたくなり日本福祉大の大学院をうけ失敗。精神病院に就職する。そこで悲惨な患者さんたちのために働き、職員の酷い待遇にも心を痛め、労働組合を結成する。しかしその活動に妨害、嫌がらせが・・・(→詳しく)
結婚の条件は「私の好きなことをさせてくれる」
市会議員立候補の話を「面白そう」と引き受けた。サラ金問題など住民の問題を取り上げて4期14年、参院選立候補のために市議会を去る日が。議場では超党派で花束が・・・(→詳しく)
参院衆院で計6回の挑戦。5回目でようやく国会へ。その間たたかった政権は10内閣。候補者の7年間は「天安門」事件など反共キャンペーンが繰り返されて厳しい期間でした。これに反撃しながらとうとう手にした国会の議席です。(→詳しく)
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| 参加していた超党派議員連盟等 |
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ハンセン病問題の最終解決を求める議連副会長/ハンセン病議連幹事/薬害ヤコブ病議連/子どもの楽しく安全な遊び場を考える議連幹事/「ひきこもり」研究会/生命倫理議連/超党派女性議員懇談会/映画議連/音楽・文化議連/公共事業チェックの会/禁煙推進議連/麻薬・覚せい剤廃止議連/死刑廃止議連/断酒議連/介助犬議連/くじら持続的利用議連/伝統工芸議連/在外被爆者に援護法適用を実現させる会/パート問題議連/「院内に保育所を」議連/街頭宣伝議連/血液事業議連/骨髄バンク議連/ダイオキシン環境ホルモン議連/着物議連/チャイルドライン議連/売買春問題にとりくむ会
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| 趣味についてチョット詳しく |
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●演劇・映画・音楽鑑賞
月1回は時間を確保できるように努力している。 国会議員になってから観た映画は100本以上です。 ミュージカルや文楽が大好き
●絵画
美術集団8月 グループわかば所属 月1回は神田美術クラブでデッサンの時間をとるように努力している。1枚の絵は必ず年賀状にしている。 美術館は2ヶ月に1回くらい
●料理
友人を招待してご馳走をするのが大好き。誰もが「うーん」と唸るお好み焼きやたこ焼きはプロ級。「美味しいたこ焼き屋がある」と聞くと駆けつけ行列に並んでも手にいれる。小さい時から「たこ焼き屋」になるのが夢。
●着物を着る
夏の1ヶ月間、毎日着物を着て登院し、他党議員から「呉服屋さん?」と聞かれたほど。最初本を見ながら3時間もかかっていた着付けがとうとう20分でできるようになった。
しかし自己流なので帯が時々解ける場合もあり。
●硬式テニス・水泳
テニスは膝を痛めてしばらくはできませんが水泳でリハビリです。
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